弘前さくら祭り

日本の春
奈良時代の貴族から始まった
春の風物詩【お花見】
大型連休期間中の人出の多さでは
博多どんたくに並ぶ全国で1〜2番規模の240万人。
桜祭りに限っていえば間違いなく日本一です。
弘前公園(弘前城)は市内中心部にありますので
さくら祭り期間中の週末に車で行かれる場合は
渋滞と駐車場にご注意下さい。
週末の弘前城周辺の公共駐車場は
朝10時頃には満車になります。
周辺の民家や商店で軒先を
一日1000円程度で駐車場に貸しています。
空いていたらこちらを利用した方が便利です。
弘前公園内の桜・ソメイヨシノ開花情報はこちらから

「本丸と桜」
今でこそ、さくらの枯れ枝や病気の枝を切り落とす弘前公園方式の管理は全国に定着し各地で取り入れられているが、その昔は「さくら切るばか、うめ切らぬばか」という言葉のとおり、長い間さくらの枝は切ってはいけないと言い伝えられていた。
弘前公園も当初は、この言葉のとおり、さくらの枝を切るのはご法度であった。ある日、実家がりんご農家を営む作業員が、りんごの木の剪定と同じ感覚で枯れたシダレザクラの枝をバッサリ切り落とし、丸裸のようにしてしまったという。この作業員は当時の公園管理事務所の工藤長政所長に大目玉をくらい、こっぴどく叱られた。
ところが翌年、驚いたことにこの切り口から、新しい枝が勢いよく飛び出したという。木はやがて元気をとり戻して再び大きくなり、花を咲かせはじめた。この件がきっかけとなり、工藤所長はさくらと同じバラ科のりんごの木の管理技術を取り入れ、さくらの枯れた枝を剪定し、蘇生させる手法を編み出したのであった。
しかし当時弘前大学に赴任した生物学の石川茂雄教授が、この剪定に異議を唱えた。「弘前公園の職員はさくら切るばか、うめ切らぬばかのことわざをしらないのか」「このままでいけばさくらは枯れてしまう」と発言。この発言は報道され波紋を呼んだ。その後石川教授と工藤所長は、さくらの選定を巡って、新聞紙上で激しくぶつかりあうことになり、しまいには両者の対決がテレビ中継されるほど一大センセーショナルを巻き起こしたという。1973(昭和48)年の話である。
時は流れて、弘前公園の樹齢100年を超える多くのさくらは、今も見事な花を咲かせている。
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サクラのぶどうみたいです。↓

毎年有機肥料を与え土を柔らかくしたり、
木々の周囲を2〜3メートル掘り起こし、
新しい土を入れ替え、
りんごの選定技術を活かした手入れにより樹が若返り
弘前城の桜は花の密度が高く
その影響で枝が葉の重みで下へ伸びて行きます。
手に触れられる高さに咲き誇る姿は見事の一言。

もうこれは、桜の「スターマイン」です。
ライトアップがとても美しいです♪


最高のお花見日和ですね。
また観賞期間を長くするため56種類もの桜が植栽されています。
日本一太いソメイヨシノ、
日本最古のソメイヨシノ、

棟方志功がモデルとして描いた滝桜など古木名木も咲き誇ります。
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「桜の古城」弘前公園は1715年にカスミザクラなど25本を京都から弘前城に取り寄せたのが始まり。その後明治時代に2,000本が植栽され、さらに市民からの寄付により現在ではソメイヨシノを中心にシダレザクラ、八重桜など約50種類2,600本の桜が咲き誇る、全国屈指の桜の名所に。さくらまつりの期間は23時までのライトアップで艶麗な夜桜も楽しめます。
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桜の海へ漕ぎだす事もできます。


濠(ほり)と桜
夜桜のライトアップは大正5年より、
当時はアーク灯を使って始まったとされています。
夜桜に彩られた園内は、昼の華やかさとは異なる、幻想的な表情を見せてくれます。
